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アルゼンチンin

トレッキングの翌日にアルゼンチンのエルカラファテに向かおうとしたのですが、まさかの満席に合い、もう1日最早することをし尽くしたプエルトナタレスでニートし、翌日エルカラファテへ。チリ入国時にもらった入国カードをなくしたので若干トラぶった他は順調に6時間でカラファテに到着しました。ここは、日本人宿フジ旅館があるので、かれこれ1週間ほど日本語に飢えた自分は迷わずそこにチェックインしました。ここで、ウユニ塩湖でお世話になったタカシさんと再会を果たし、一緒にシェア飯を作ることに。1週間ほど縦走食をひたすら食べるというかなり貧弱な食生活だったので、野菜と肉に飢えていて野菜炒めを美味しく頂きました。味付けをチリでスープと間違って買ったBBQ用の粉末ソースを使ってみたら醤油と見事に喧嘩して若干残念な感じ、(食堂で出てきたらキレるレベル)だったのは秘密です。そんな感じで、虹色とうがらし全11巻を夜中2時を読破して寝床に着いたのでした。エルカラファテは最果てのくせに今までの南米一オサレな感じで楽しみです。ボンビージャ買いてえ。明日は氷河です。
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パタゴニアのトレッキング

何とか、体調が戻ってきたので、トーレス(塔)と呼ばれる、有名な所を日帰りでトレッキングをしてきました。入口で15000ペソを払ってバスを乗り換えて登山口へ。トレッキングルートは最高所でも700mくらいで、あまりアップダウンはないし、水も途中でいくらでも組めるので比較的楽にトレッキングできます。というのを信じて水を200mlしか持って行かなかったら最初の1時間くらい水場がなくて結構焦りました。
まあ、そんなこんなで荷物も軽いし、ガンガン他の人々を抜かしていくと、3時間半のコースタイムを2時間で走破してしまい、目的地を軽く通過してしまいました。3泊4日分の荷物を担いで行くとこを日帰りデイパックでの行動なのでまあ当然かもしれませんが。地図を見ろって感じですね。そのまま、歩き続けると今までアホみたいに居た人が全然いなくなり、3時間でどん詰まりに。そのキャンプ地の名前が偶々Campio de japonese。人もほとんどいない寂れたキャンプ場でしたが、チリ人のクライマーが一人いて若干話せました。気付いたら日本キャンプ場ってなんか雰囲気良かったです。

この1時間は人とほとんど会うこともなく、モレーンという高校の時に地理で習った地形(超岩場)を歩けたり、氷河の雪解け川をいくつも越えたり、パタゴニアを満喫出来たような気がします。結局、この日は曇りで残念ながらトーレスの全貌は謎のままでしたが、またいつの日かの再訪を誓って全8時間30km強のトレッキングを完遂しました。大した見所はなかったのにこれだけ楽しかったので、全ルート走破はさぞかし楽しいと思います。皆様もぜひ。

モレーン&氷河。日本では見られない、来た甲斐のある図
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OTAFUKUその後

次の日から宿の部屋に移り丸3日、レンタルしたテントなどを返しに行く以外はほとんど引きこもってました。たまたま、部屋が一緒になったイスラエル人が薬剤師だったので、効くよという謎の薬をもらい、買った薬が単なる鎮痛剤ということが分かりました。病院や薬局に滑り込みセーフだったりこういうところはラッキーです。ちなみに彼はパイネに行った帰りにカメラをなくして相当ショックだったようで、一日で10回くらいカメラの話を聞かされました。パイネ前日OTAFUKUとパイネでカメラを無くすどちらがより不幸なのでしょうか。
まあ、そんな感じで実に暇に3日過ごし、持っていた本などは全て読んでしまい、パソコンも壊れたので、英語の勉強や、携帯のチェスに興じたり、(ものすごいやりこんだら、最初は全然勝てなかったのに、3日でラスボス倒せるまで上達しました。)昔本で読んだ自律神経のトレーニングに励んだりとにかく暇でした。あの瞬間の自分に新興宗教の勧誘が来たらきっとはまってたと思います。まあ、社会人になる前にこんな3日間を過ごすのもいいのかもしれません。

パタゴニア OTAFUKU

さて、件のプエルトナタレスです。朝9時のバスでプンタを後にして、12時にプエルトナタレスに到着。まず、情報ノートにあった宿に行きましたが生憎満室。テントを借りるならキャンプできるよーと言われたので、何とか必死にテントを借りられる所を探してチェックイン。そのまま話の流れで明日パイネ国立公園3泊4日のトレッキングに出かけることに。15ドル分くらいのスーパーで買い込み、テントとバーナーを用意し、完璧。日本からここをトレッキングするために、登山靴やシュラフ、マットを持ち込んだので、やる気十分でした。

が、7時くらいからリンパのあたりが痛み始め、半分が優しさの例の薬を飲んで寝れば大丈夫だと思い、寝ようとしたのですがあまりの痛みに寝ることもできなくなりました。腫れもがんがん膨らんできて8時50分ギブ。オーナーに病院の場所を聞き、開いてるかどうか分からないけどと言われつつも這うように病院へ。何とか滑り込みで間に合い、スペイン語と身振り手振りで診察タイム。脈を取ったり聴診器を当てたりのやり取りをした後出た結論は、parotiditis。電子辞書を引いてもらうと、耳下腺炎と出てました。さらに広辞苑を引くと流行性のものはおたふくかぜと呼ばれると書いてました。ああ、OTAFUKUか。どうりでこんなに腫れる訳だ。その時には、顔だけ体重80kgくらいの人になってました。結局ここではなにかを注射してもらい、すこし楽に。多分、他の症状が出たらまた来なさい、この薬を飲んでたら2日くらいはそのままだけど、その後良くなるからと言われ、そのまま、10時に閉まりかけの薬局にまた駆け込んで薬をもらい帰りました。何故かその日に限って屋外チリ人が夜通しパーティ。騒音と痛みで眠れず、6時まで惨めな夜を過ごしました。

こうして、パタゴニア1日目の夜はOTAFUKUと共にに過ぎていったのでした。

ペンギン

今はアルゼンチン側のパタゴニア、エルカラファテにいます。日本人宿にいるので、日本語が打てるし、1週間ぶりに日本人と会話できて楽しいです。

さて、今更1週間ぶりの日記。
プンタアレーナスに早朝に到着して、ターンテーブルで荷物を待っていると、ロウアルパインのmyバッグが来ました。が、裸の状態で。今まで愛用してきた黄色いザックカバーが無くなってました。3年前に北海道の知床縦走前に札幌の秀岳荘で買った由緒正しき愛用品。慌てて、係りに抗議すると、サンチャゴで置いていかれたようです。結局、様々な交渉の末、10ドルもらうことで決着しました。LAN航空は結構対応良かったです。

で、交渉を終えて空港を出ると、そこには人っ子一人いません。一緒の飛行機だった人たちは自分が交渉している間にバスで行ってしまったみたいです。途方に暮れていると、おっちゃんが何か色々話しかけてくれて、うまいことバスに乗ることが出来ました。ナイスおっちゃん。特にプンタアレーナスの街ですることがないので、その日のうちにプエルトナタレスというパイネ国立公園のある街に行こうとしたのですが、なんと夕方までバスが満席。せっかくなので、1泊して、近くにあるペンギンの営巣地を訪れる事にしました。

結論、生ペンギンはかわいい。今までは、日本の暑さにだれたペンギンしか見たことがなかったので、生き生きとトテトテ歩くペンギンはめちゃくちゃかわいかったです。しかも、ここのペンギンはかなり近づけました。ペンギン可愛いよペンギン。というわけでプンタアレーナスは良かったです。

ペンギンのABCDEFG…があらわれた!
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でもその夜にパソコンのディスプレイを閉める時にイヤホンをはさんでしまい、液晶を割りました。という訳であんまり更新できなそうです。
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