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いい国作ろうルーマニア

何とかルーマニアに入ることができました。そして気づけばこの旅行も気づけば折り返し地点。
ちょうど50日が経過し残り半分です。これからも生暖かく見守ってください。
写真はそのうちのっけます。あ、祝半分を記念して自分のpicasaにオレギャラリーを開設中なので、
ナルシスト写真集を見たい方はどうぞ。

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まだ、ブルガリアでした

ブルガリアを出るはずだったのですが…

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さらばソフィアさらばケーキ

オレ
カズ
歳?
22
まあ来年で23
(中略)
なんか
オレ、ブルガリアいたんだけど
飽きた
みたいな

今日本で一番流行しているらしい、小説を恥ずかしげもなくパクってみました。これ
これで合ってるんですよね?きっとこれで、ブログのアクセスも鰻上り。と言うわけで今日の夜行列車でルーマニアに行こうと思います。

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トルコの通貨はリラ、ブルガリアの名所もリラ

キングオブブルガリア、リラの僧院に行ってきました。写真はありません。親切な日本人のおばさんに写真を撮ってもらったのでその方が日本に帰る12月には写真がもらえそうです。

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ヨーグルトいいえソフィアです

物価高のトルコにいる間いつの間にか自分の中でニラカナイと化していたブルガリアにとうとう到着。その物価はいかに。

共産党本部。初めての共産圏突入です。コロホーズソフホーズヽ(゜▽、゜)ノ
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とにかく客引きが鬱陶しかったイスタンブールを脱出!

夜行列車。一時間前のテッサロニキ行きの列車のほうが新しかった。何故
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緊急報告

すっかり忘れてたのですが、今日明日は大学の成績発表の日なんです。文字色
O田君に受け取ってもらうように頼んでおいたのですが、携帯が死んでしまい連絡が取れません。
ジャイアンシチューは覚えてるんですが。
どなたかこれを見たかた、彼のアドレスを僕のGメールまで送っていただけませんか。
ちょいとお暇な方ご協力お願いします。

ガクブルイスタンブール

背もたれから足まっとまで全てに「めるせーです」と書かれた胡散臭いくらいのメルセデス製のバスで快適にイスタンブールまで移動しました。バスはオトガルと呼ばれる中心部から離れた郊外へ着いたので、地図も無いのに気合で宿を探しました。一泊10ユーロ。トルコの癖に高い…。物価高の上、ここに来ていつもの旅鬱病*を発病し、急速にイスタンブールへの興味が失せたで予定を早めて明日の夜行でブルガリアに行くことに決定しました。まだ一つも観光してないのに我ながら、素晴らしい即決ぶり。

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河童2

昨日の雨で若干テンションがさがりつつ、朝起きてみるとすっきりとした秋空。もう空きなんですね。トルコ入ってから急激に気温が下がって最近はウニクロ灰色パーカーが大活躍してます。こんな調子で北欧とかいけるのか若干不安です。

晴れのカッパドキア
kapa4

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カッパドキアー

いよいよ今回の旅の中でもペトラ、サグラダファミリアとならんで三大楽しみな茶色の一つであるカッパドキアに到着しました。ツアーと宿をパムッカレで予約していたので、準備は万端。ツアーは一日50リラもしますが、カッパドキアはペトラより更に広い上昼飯、各種入場料コミコミ価格なんでまあお得っぽいです。ローズツアーとかいう会社。2日で見どころの8割を回れるらしいのですが、今日はどこに行くかも分からないままバスに乗り込みました。

kapa1


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現況報告

ホリグチさんコメントありがとうございます。もう、北関東の片田舎からは無事ご帰還なさったのでしょうか。保険金さらっとチェックしただけで帰ってからにしようとしてしまいそのままにしてました。某先輩のようにしっかりといただきたいと思います。なにはともあれ、おかげさまでデジカメ以外無事にヨルダンを旅行できました。ありがとうございました。

何故かコメントできないのでここに投稿。最近ブログの記事の書くところでそのまま全文表示するか、続きを読むで表示するか変えられることに気づきました。今更過ぎですが、見やすいようにがんばっていきます。ただいま、カッパドキア10分後にツアーの迎えが来るので楽しんできます!

あ、携帯もぶっ壊れたので連絡にはこのブログかGメールまでお願いします。

枯れ枯れパムッカレ

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トルコイン

いよいよ今日はロードス島からトルコのマルマリスというところに上陸。昨日さくっと旅行代理店に聞いたら、8時のフェリーしかなく、だいたい50ユーロとのこと。高いけれど仕方ないです。今回ギリシャでフェリー代120ユーロくらい使いました。地味に高い。多分ギリシャで使ったお金の半分くらいフェリー代。何係数って言うんでしょうか。
とにかく、今日は昨晩泊めてもらったところから6時半のバスに乗って再びロードス中心部へ。バスが大体50分かかり、バスターミナルからフェリー乗り場まで徒歩10分かかるので乗船30分前ぎりぎりの計算です。さすがにギリシャのバスはフィリピンやヨルダンと違って遵法運転なので若干はらはらしながらなんとか、時間通りにフェリーに乗れました。海路での入国は初めてだったんですが、イミグレもあっさり通過しなんか不思議でした。イミグレ通らなくても乗り場まで行けますし。(もちろん係に追い返されますが)

毎度のことながらフェリーの出発時間がなんだかんだで30分くらい遅れて9時半過ぎにトルコに到着。そこから、地図も無いのに中心部を目指します。地味に遠かった。今日はマルマリスに飽き足らずパムッカレという石灰棚で有名な町を目指します。まあ、でもまずは両替。ギリシャと違い両替屋の看板に日本円の表示に驚きながらレートを聞くと1万円で94トルコリラ。これものすごいぼってます。今日のレートは1トルコリラ=85円。このレートだと110円くらいです。別の店で聞いても同じレートなので、ATMで下ろすことにしました。無事トルコリラと対面を果たしバスのチケットを買いに行くと、次のバスが1時とのことなので、ここでお買い物タイム。トルコの物価は高い高いと聞いてましたが、実際高かったです。ビッグマックセット10リラ。マルマリスレートだと、千円超えます。ここはどこの北欧ですか。スーパーでも500のコーラが1.2くらいとギリシャより高い始末。学校帰りの高校生集団がバーガーキングで優雅にセットをパクついているのを見ながら、ギリシャから持ち込んだもっさりフランスパンをかじりました。

奇跡的に無線LANを発見し、阪神が巨人との天王山を向かえる記事などをチェックしているといい時間に。バスに乗り込みます。隣にあった自称マッサージ師の29歳のおっさんと共にパムッカレ近くの町デニズリまで4時間のバスに乗ります。そのおっさんの話だと、トルコ人の30歳くらいの月収は8~10万円くらいだとか、この物価でどうやって暮らしてるんでしょう。まあ、なんだかんだいつもの日本についての話なんかをしてると、車掌さんが水とお菓子のサービスをしてくれました。話には聞いてたんですが、トルコのバスってサービスがいいみたいです。これなくして1リラでも安くして欲しいってのが本音ですが。今日は朝5時半起きだったのでうとうとしているとバスはいつの間にかデニズリの街へ。

デニズリのターミナルに着くと結構な数の客引きがいました。車で30分の距離にあるパムッカレまで2.3リラとかぼられてるのかどうか、分からず悩んでいるとホテルは予約したのか声をかけられ事前に覚えていたカレホテルに予約したと堂々と嘘をつくとカレホテルは提携先だからタダで連れて行ってくれるとのこと。怪しみながら、付いていくとバスに乗る前にちょっと待ってろと言って、おっちゃんトトを買いに行きました。騙すような人間がこんな適当なはずがないとちょっと安心して無事タダでいけました。乗っけた日本人には日本の歌を歌わせているといい、チューリップやジングルベルなどを歌う気のいいおっちゃんでした。

夕食は3リラのケバブサンド。ギリシャでは主食がスブラキでしたが、トルコではケバブサンド名前と外側のパンの種類だけ違います。これ、トルコのファーストフードのはずなのに、注文してから15分くらい来るまでかかりました。しかも、おっちゃんが自分の分も一緒に作り一緒に並んで食べるというちょっと不思議なお店。きっとサービスですね。おっちゃんと食べるという。まあ、トルコ初日は物価高に驚きつつも終了いたしました。よまあ、なんやかんやで宿に戻るとドミトリーには誰もおらず人生で初ドミトリー独占を果たしました。8リラで8ベッド2バスルーム付きシングルルームというリッツカールトンのスイーツでもありえないような豪華な部屋に宿泊することが出来たのでした。

ロードス島攻防記

クレタ島をぎりぎり脱出し、ギリシャ最後の訪問先ロードス島へ。フェリーの中でうとうとしてると、ハルキ島に着くと言ってるようなアナウンスが聞こえてきました。遠い太鼓に出てきたハルキ島。そのうち行きたいと再訪を近いまたうとうと。気づくとフェリーが出港するところでした。時計を見ると6時半。チケットを買った代理店のおっちゃんは6時くらいにロードス着と言ってたような。さっきのハルキ島の時に時計を見てなかったのを激しく後悔しました。まさか、寝過ごしたか。東京の山の手線寝過ごしてもう一周なんて甘いもんじゃありません。気づいたら知らない島。すっかり目も覚め、キョドリモード。フェリーは8時を過ぎても港に着かず、いい加減不安になって船員に次の港の到着時刻を尋ねると(ロードス島とは怖くて聞けないので)8時半とのこと。さて、どこに着くのでしょう。だんだん島の姿が見えてくると、そこには写真で見たことのある要塞が。朝のどきどきは完全に杞憂に終わり、無事に到着できました。それにしても6時着って何情報だったんだろ。

はらはらとロードス島に到着したわけですが、出発前に塩野七生のロードス島攻防記もよんで予習はばっちり。港から一番近いところがヨハネ騎士団の生活した要塞?なので観光にも便利でした。ここが想像以上に素敵なとこで、中世的なものと現地の人の暮らしがちょうどいい感じに混ざっていて、適当に小道を歩いてもとても綺麗で楽しかったです。(なんか久々にまともなことを書いてる気がする)とてもお勧め、騎士の館?っぽいところも綺麗に復元されてて、ここで何とかさんと何とかさんがなんかしゃべってたんだろうなーとかロードス島攻防記を読みながら感慨に浸れました。本貸してくれてありがとうO田君。復習にまた貸してください。

その後はまたもや、CSで知り合った人の家に泊めてもらう予定だったのですが、2日前にOKの返事を受けてから詳細についてのメールを受け取っておらず、場所もはっきりわからない状態。荷物も預けられないので、ロードス島は縦走装備で観光しました。3時過ぎにやっとメールを受け取り、結構中心部から遠いことが判明慌ててバスに飛び乗りました。ところが、ロードス島のバスはたまにしかアナウンスが無ければ、電光掲示板も無い、果ては場所によってはバス停の表示すら無く、運転手に降りる場所を予め伝えておき教えてもらうようにしておきました。ナイス旅なれテーラー自分。が、最近の自分に予定通りという言葉あてはまったことがなく、降りる地名Soroniの看板を車窓から確認してからバス停を一つ過ぎ、そろそろかなと思いながらしばらく乗ってるとSoroniの看板に斜線がひかれたのが。(ヨーロッパでは街の出口に待ちの名前に斜線を引いた看板を置くようです。落書きみたいでなんか不思議)あれ、と思いつつバスはどんどん郊外チックな風景にあまりに怪しかったので、まだと確認するとbeforeとの返事。また、やられました。ギリシャの交通機関は嫌いだー。しかたなく来た道を20分くらい歩いて戻ったのでした。

結局7時半くらいまでバス停で待ってると陽気な西洋人集団が現れ、無事Jordanに会うことが出来ました。彼らはアメリカ人で夏休みプログラムで3ヶ月ロードス島で芸術の勉強をしているとか。全員ガチでアメリカンイングリッシュなのでかなり聞き取りにくいですが、みんないい人でした。ここに来て初めてタベルナでギリシャ料理を食べることが出来ましたし。食後は何故か地元の子供達とサッカーをしてその後屋上飲み会と色々と歓迎してくれました。そこでアメリカ流イッキも経験。ホースの先に漏斗のでっかいのを装着し、そこにビールを注ぎ込んで飲む人がホースを加えるというシステム。やらされましたが勿論即吹き出しました。やっぱりノミニケーションって大事ですね。中心部のユースホステルに泊まると10ユーロ。ここに来るとバス代が往復5ユーロでビール半ダース6ユーロくらいだったので決して節約にはなってませんが、なかなか面白い経験でした。

エーゲ海一カッコいい島ロードス
pamkale

クレタ脱出

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加納クレタ

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サントリーニ12時間

サントリーニはザ・エーゲ海の異名をとる(多分)エーゲ海を代表する島です。青い海青い空白い家。ギリシャの代表的な光景が広がります。日本で言うと桜と富士山みたいな。2年位前にビールのCMでも使われた風光明媚なこの島にはぜひ行きたいと思い。さくっとチケットを取りに行きました。ところが、色々と問題が。問題①チケット高い。以外にも33ユーロもしました。問題②時間かかる所要時間8時間半。沖縄でもこんな遠い航路なかったです。問題③朝早い。港に7時までに来いとか。
まあ、そんなこんなの問題を乗り越えてやってきました、サントリーニ。船内でテンション上がりすぎたお姉さんがビキニで闊歩しているのにびびりつつ3時過ぎに下船。まずはサントリーニ島から次の目的地のクレタ島までのチケットを買っておきます。まあ、2日くらいゆっくりしようかなと思い明後日の席を聞くと満席とのこと。しょうがないので、明日の便を聞くと3時ならあると言われました。まあ、明日も三時なら午前中遊べるし、ちょうどいいやと思っているとおっちゃんの口からとんでもない一言が付け加えられました。もーにんぐ。
明日の午前三時とかもう12時間切ってますけど、というか1泊もできないんですけど。しかし、明々後日の便は40ユーロもするらしく、結局のその船に乗ることに。そこで、急いでサントリーニ島の名所イア地区へ。せっかく来たからには、ギリシャオブギリシャを満喫します。港からイオ地区までは10ユーロとさくっとぼられつつ。4時過ぎに到着。しかしまあ、素晴らしいです。ここは。もうなんかイメージそのままプラスアルファって感じ。期待を裏切りません。ほんと写真で思ってたような景色が見られました。まあ、場所柄カップルだらけだったのが、ボディーブローのように効いてきましたが。なんかあんまり量書いてないけどとてもいい島でした。ほんと。
結局夕日が落ちきるまで港にいて、9時ごろ港近くの町に帰ってきました。しかし、フェリー出港まで残り6時間。ここからが本当の地獄だぞ。満月がやけに綺麗なのがまた心に沁みます。

ホントきれいだったイアの街。まだまだいい写真いっぱいあります
santorini

アテネ観光

次の日は待ちに待ったアテネ観光。泊まっている家から中心地まで地下鉄で三駅でしたが、迷わず歩きました。地下鉄の三駅ってすごい遠いんですね、35℃くらいのアテネではかるく行き倒れられます。コーラがものすごく恋しかったです。

道に迷った怪我の功名で最初に着いたのがパナティナイコ競技場。世界遺産で、アテネ五輪のマラソンゴール地点としても有名です。なんかうっすらとしか野口みずきの金メダルって覚えてなんですが、なんとなく感動。

続いてはマクドナルドへ。何故かむしょうに食べたくなりビッグマックセット5ユーロを頼んでしまいました。欧州価格ですが、しょうがない。むさぼるように食べて、市内の遺跡を回りました。遺跡の値段なんですが、アクロポリスなど見所全てセットで学割6ユーロ。安いです。ローマとか一個10ユーロで学割効かなかったですから。ちなみに学割申請するときどこの国か聞かれました。駄目な国ってあるんでしょうか。

そんなこんなで、ギリシャの遺跡をまわり最後に訪れたのがラスボスアクロポリス。世界史で勉強した時の憧れと、村上春樹のスプートニクの恋人での憧れが合わさってかなり期待度高かったです。が、なんか思いっきり足場が組まれて補強工事中、しかもスプートニクで夕方にアクロポリスで本を読むみたいなシーンがあったような気がしたんですが、時間が5時半まで夕日が見られない。なんだか釈然としないままぶらぶらしたり、本を読んだりしてぎりぎりまで粘りました。
閑話休題:例によって日陰で村上春樹でバースデイガールってのを読んだのですが、ラストがいまいち分かりませんでした。おじさんに会ったことを忘れないってのが願いなんでしょうか、知ってる人いたら教えてください。

夕食はエバンジェロス推薦のスブラキに挑戦。ケバブ的肉の吊るし切りを生トマト、玉ねぎ、ヨーグルトとともにピタで巻いた奴なんですが、味が日本人向けですごくおいしかったです。2ユーロくらい。以来一日一回は食べてます。日本でチェーン展開しても絶対あたると思うんですが、どっかが初めて、王様のブランチ、ananとかで特集したら絶対流行ります。如何でしょう電通さん。

スヴラキ 
partenon

ギリシャ到着 第三部スタート

たまたま宿で一緒だった日本人が同じ日の同じ便でアテネに行くと言うので、一緒に空港へ。降りたときの印象だとアンマン空港って国立駅くらいの感じがしてましたが、ちゃんと免税店があり、デジカメが売ってたので購入しました。261ドル。そんなに高くなかったのでまあしょうがないかなと。しかし、これでこれからも旅行を続けられますね。日本人にとってカメラって魂みたいなものですから。

アテネへの飛行機はエンブラエルでした。当然画面なんて洒落たものはなく、ロイヤルヨルダンを最後まで満喫できました。そんなこんなでいよいよヨーロッパ突入です。入国審査もあっさり終わり、狂乱物価の国々へ。最近のユーロ下落で少しはましになったかと思い、まずは両替しようと、空港の両替所に行くと1ユーロ168円との表示。ちなみにユーロを売ると1ユーロ148円です。ぼったくりもいいとこですね。現金はいくらか持ってたので、もちろん両替しませんでした。

さて今夜のお宿ですがギリシャでもユースが20ユーロくらい。ドミトリーに雑魚寝するだけで3000円とか恐ろしいです。しかし、ギリシャから節約旅行の秘密兵器が登場します。その名はCouch Surfing。これはサイトの名前で、要は現地人の家のソファーで寝させてーとお願いできるサイトなんです。香港で一緒になったイスラエル人に教えてもらったんですが、自分のプロフィールを書いて登録し、後は自分の家を宿としたり、旅行先で泊めてもらったりする一種のSNSサイト。某日本の大手SNSの100倍は有意義です。
もちろん、全て英語で泊まった先でも英語で会話するのが最大の難点なんですが。前日のうちに良さげな人を探してメールを送ると快くOKとの答え。

空港から直行します。一応メールで場所は教えてもらってたんですが、5人に場所を聞いて最寄駅からたっぷり1時間かかりました。やっとこさ家を見つけて、ホストのエヴァンゲロスに会うことが出来ました。このギリシャ人名前もいちいちカッコいいです。風貌は、村上春樹の言うゾルバ的ギリシャ人で、渋みがかった30歳。医者をしてるこの人の家は4LDK。ここに一人と猫一匹で住んでるというので、如何に日本人がウサギ小屋住まいか痛感しました。このエヴァンゲロス、夜はわざわざフルーツを出してくれたりとにかくいい人です。素晴らしきギリシャ、素晴らしきCouchSurfing。

1ソファーネコ付き物件
svlaki

ヨルダンまとめ

ラマダンについて
ラマダンは旅行に深刻な影響は無いけど、ちょいちょいめんどいって感じです。某歩き方掲示板には行かない方がいいですという書き込みも見ましたが、そこまで深刻ではないです。外務省の危険情報の一番下くらいな感じ。金曜日も安息日で店しまるぞとか脅されましたが観光地ではまあ、食うには困らない感じです。ヨーロッパも日曜日食堂以外はスーパーなんかもほとんど閉まるので似たような感じです。運転手とかもノーラマダンとか言って昼間から普通に水飲んだり、タバコ吸ったりしてますし。ヨルダンは比較的ゆるめなのかもしれません。ただ、食堂に昼は入れないのはふべんですし、夕方はくそ混む遅れると食べ物無くなるってのはなかなかシビアかも。どうでもいいですが、アラブ名物のケバブ的な焼肉の吊るし切りはラマダン中やらないそうです。チキンの丸焼きはいいのに不思議。

ヨルダンの物価について;1ヨルダンディナール(JD)=約160円
まず、この非欧米にあるまじきレートの高さに騙されそうになります。大抵一桁JDのねだんですし。でも案外高い。水1.5でアンマン0・3JDペトラ0.5JDと言ったところ。アンマンで伝統のアラブ飯を食べたら2かからずにすみます。宿もだいたい3とか4とか。ただ、ペトラは高くつきます。全てが3割り増しくらい。入場料が恐ろしい上、夕食も軽く4とかいきます。後、アンマン近郊ツアーもなんだかんで20とかかかるので、物価自体はまあやすいですけど、旅行するとけっこうする印象でした。バスとかもアカバ-アンマン間が5時間6.5と安かったりするのですが、ペトラの宿から遺跡まで10分2JDとかぼれるところはぼってくる感じ。アラブ人って結構狡猾な気がします。

ヨルダンの飯について
まず、言うとレパトリーに乏しいです。ホンモスという豆のペーストや、トマトの煮込み、なんかをパティで食べるのがメイン。後は鳥の丸焼きや、羊肉のそぼろ、各種サラダ、かぼちゃコロッケ、ケチャップライスの味薄いの謎のスープなんかをローテーションしました。特にスパイシーでもなく日本人にも受け入れやすいのですがちょっと塩分薄めかも。後、使えるところにはがんがんトマト使ってくる感じです。何故かお腹はいっぱいになりやすい。後、アラブ菓子は激甘でした。ただでさえ、日本の2倍くらい甘いスポンジケーキなようなものにたらふく蜜をかけてくれます。こんなの食べてて大丈夫と本気で心配になるほど。ただ、街で買えるパンの多くが味が全くしないパティなのでたまに昼飯として活躍しました。多分行動食にはもってこい。

ヨルダンの人について
あんまり好きで無かったです。サーメルさんはがちでいい人でしたが、あの人パレスチナ人らしいし。タクシーとかもお釣りを平気でごまかそうとしてきたり、旅行者プライスなところが多いし。一度食堂に入ると後から来たジモピーにオーダーをガンガン抜かされました。気のいいおっちゃんもちょいちょいいますが、全体的にいまいち。もちろん旅行させていただいているのでそんなに文句はいえませんが。

ヨルダンのカッコいい写真
coolguy

アンマンニート

そんなこんなで、アンマンニート。ペトラ以来ご一緒のスロバキア人とはお別れし、日本人2人でアンマンへ。前日にアンマン行きのバスを確認し、9時11時1時らしいので、11時のバスに乗るべく10分前くらいにバス乗り場に。アラブ時間はフィリピン時間に匹敵するくらいいい加減なんでこれでも早すぎたかなと思って乗り込むと、やっぱりなかなか出発しません。30分くらいあっという間に過ぎ、1時間経っても出発しないので運転手に聞いてみると1時間後に出発すると。それって11時じゃなくて1時のバスって言うんじゃ、というより11時のバスは闇に葬られたのか、と思いつつ善良な日本人である自分は大人しく本を読んでいたのでした。

それでも暇なのでバスターミナルをうろうろしてるとアンマンまで乗っけてってやるという英語喋れる現地人が声をかけてきました。しかも一人10JDで。バスが6.5JDなのを考えても結構安いんですが、アンマン-アカバ380kmとかあるんですよ。東京-名古屋より遠いくらい、普通東京駅で名古屋まで乗ってかないなんて言われたなんて話聞いたことないし、ソフトバンクの料金体系ばりに狡猾な人が多いアラブ人の言うことなので丁重にお断りしました。

そんなこんなで6時くらいにアンマン到着。この日が9月10日で、フライトが12日なんでたっぷり時間があるんですが、アンマンって想像以上にすることが無く、郊外に行こうとすると結構取られるんであんまんブラブラニートを選択しました。カメラはというと、このカメラは新しすぎるから直せないと言われました。オワタ。
ヨルダンのデジカメって3年以上前のフジフィルムF10とかがめっちゃ売ってるとこなんで、うちの子なんて未来人的な扱いを受けるようです。デジカメ買いなおしは結構手痛い出費になります。

結局ラマダン中のアンマンは想像以上に暇で、街をぶらついて、宿でネットして、夕食食べるというヨルダンニートを満喫しました。世には外こもりという言葉があるようですが、ラマダン中のヨルダンは大変こもるという点においてはうってつけかもしれません。

ちなみにひょんなことから宿はあの有名なサーメルさんのいるヨルダンリバーホテルというところに泊まりました。(詳しくはググってください)噂にたがわずいい人で名物のネスカフェをご馳走になったりしました。ただ、宿が日本人の巣窟と化していて、ロビーなんかでヤンジャン読んでる日本人に囲まれているととても不思議な気がしました。

アカバさらばデジカメ

アカバへ
ここ最近ヨルダン国内で砂漠か砂漠っぽいとこにばかりがいたのでそろそろ潤ったところに行きたくなり、リゾート地として名高い紅海に面した街、アカバへ行きました。エジプトやイスラエルの国境も間近でこのままイスラエル入国を予定してました。予定はしてたんです。(詳細は後で)

この日もベドウィンキャンプを6時に出発し、アカバへ。アカバには8時に着いてしまいました。何もしないのもあれなので有料プライベートビーチとやらでシュノーケリングをすることに。計20JDと結構お値段も張ります。自分もいい身分になったものです。思えばこのあたりで調子付いたのが良くなかったのかもしれません。

自分のデジカメはオリンパス製の10m防水デジカメなのでせっかくだからガンガン写真を撮ってやろうと意気込んで水中に入りました。地球の歩き方に絶品と書かれた珊瑚礁と魚たちはそれはもう綺麗。お見せ出来ないのが残念で仕方ありません。何故お見せできないかというと。水に入って5分後。デジカメ「水深注意」→「あれ、表面泳いでるだけなんですけど…。」仕方なく岸へ引き返そうとする。→デジカメ「浸水しました」→「え゛」→カメラご臨終。まあ、こんな感じです。意味が分かりませんが、まあアラーのお怒りに触れたのかもしれません。ちなみに、一緒に旅行していた残りの二人のデジカメもご臨終はしなかったもののカメラの調子が悪くなったらしいです。ペトラあたりでなにか撮ってはいけないものを撮ってしまったのかもしれません。

という訳で、アンマンに行ったらデジカメ直るかもという期待を持って、翌日の目的地をイスラエルからアンマンに変更したのでした。

紅海のほとりここに、デジカメ眠る
kokai

ワディラム

ペトラを満喫した後次なる目的地はワディラム。まあ、言うたら砂漠です(以下略)。
砂漠の見所を4WDを回って、しかも夜はベドウィンキャンプに泊まるという素敵ツアーです。その代わり出発はペトラのホテルを6時20分。最近すこぶる健康的な生活になってます。

ペトラに一緒に行ったスロバキア人と日本人と自分という三人でワディラムへ。ベースとなる町に着いたら、どうみても廃屋な住居に案内されガイドが来るまで待ってろと言われ、待ってたんですが一向にガイドが来ない。結局丸々1時間半待たされ9時半出発。あの早起きは何だったんだ。さらに、乗り込む4WDを見ると、天下のトヨタランドクルーザーだったのはいいんですが、窓は割れ、シートは破け、車かスクラップかと言えば悩んだ末にスクラップと判断できるレベル。後で聞いたところ1985年モデルらしいです。がんばれ先輩。

ワディラムはまあ砂漠なんですけど、砂漠初めてな自分としてはかなり楽しかったです。ただ、例によってフィリピンで買った偽クロックスを履いてたんですが、砂漠の丘を登るときに推定温度50℃くらいに熱せられた砂が容赦なくなかに入り込んできて、軽くレアーの肉になりそうでした。普通のサンダルだと、砂がかかってもすぐに出てくんですが、クロックススタイルだと入った砂が内部にとどまるので、焼肉に理想的な状態になるようです。卒業旅行でしたいことを聞かれ、お肉と答えた友人のO田君の顔がぼんやり浮かびました。

まあ、最初は楽しかったんですが、砂漠はどこまで行っても砂漠な訳で。だんだん飽きてきます。挙句の果てにはガイドがお昼寝とか行って2時間も寝始めるし。いい加減飽きた頃にちょうど雨が降ってきました。ガイドによるとまあまあ珍しいらしく、ショーシャンクの空の脱獄直後ばりに雨を全身で楽しめみました。その後は砂嵐にも襲われ砂漠の気候も満喫しました。後、砂漠にはどこに行っても蝿が鬱陶しいです五月蝿いです。たまにいるトカゲみたいなのは生き物地球気孔砂漠の生き物編という感じでとてもいいんですが、蝿は正直いらん。蛆がどこで生まれるのかすごく気になりました。

夜は外寝にチャレンジ。砂漠の夜は冷えるっていいますがそこまででもなくちょうど良かったです。未明には満点の星も現れ、流れ星も時折流れたりと素敵なよるでした。男一人旅ですが。

ザ砂漠
dessert

最近記事を書く暇がなくてブログと実際の時差が200時間くらいあります。おいおい追いつきたいです。
ちなみに現在クレタ島。

ペトラ2

ぺトラ昨日で若干満足してしまい、2日券買ったの失敗だったかなーと思いつつ宿が一緒の日本人と一緒に宿の送迎でぺトラへ。あ、なんか最近ぺトラの2日券を2人でシェアする日本人韓国人が多いらしくて結構チェックされてるみたいです。日本人でばれた人が結構いるとか。ヨルダンも貴重な収入源だけに本気みたいです。

なにはともあれ、昨日は行けなかったエド・ディルという一番奥にある神殿と、犠牲祭壇
を目指します。まだ涼しい朝7時半から歩き始めエド・ディルに着いたのが9時半近く。ちなみに入り口にガイドなしでは危険ですとか書いてましたけど、ぜんぜんそんなこともなくおっちゃんたちが勝手に建てただろという感じ。
二番乗りくらいでエド・ディルに着くことが出来ました。こっちの方が大きいし、秘境感もあるのでお勧めです。少し進むと展望スポットもあり来る価値大。(展望スポットの土産物屋のおっちゃんは朝は寝てて物売り攻勢なし)

ゆっくりしていると、10時過ぎからガンガン気温が上がってきます。多分40度とか。次の目的地犠牲の祭壇も丘の上徒歩30分とかな訳で。最近山に登ってて良かったです。ぺトラはしんどいとこほど景色も良かったりするので、案外しんどいとこでした。その弱みに付け込んで、馬車、ロバ、ラクダに乗らないかというおっさん、少年達もまた多かったです。日本人と見ると全員ハジメマシテーと声をかけてくるので割と鬱陶しい。2日目も同じ人にハジメマシテーと言われました。多分ハローとか間違えてるっぽい。

まあ、なんだかんだでぺトラ2日間はゆっくり楽しめました。一見の価値ありです。もう一度行きたいかというと微妙ですが。

なんか帰り道やたら絡まれたの図。ジャパニーズカラテで応戦しました
petra kids

ペトラ

なんだかんだで移動続きなので、ぼちぼち休もうかと思ったのですが、死海に一緒に行ったスロバキア人がぺトラに行くというので便乗することに。日本人の2人も一緒に行くことになったので4人でぺトラへ。ぺトラに行くにはバスターミナルへ行って、そこからバスで三時間という道のりです。アンマン-ぺトラが5JDと歩き方より若干ぼられつつも順調にぺトラに到着。(一応みんな払ってたんで値段改訂されたのかも)

ぺトラではバレンティンホテルという外見どう見てもラブホなホテルに泊まりました。14人部屋のドミで3JD,夕食が4JDというエンゲル係数高めなとこでしたが、まあいいとこです。

ぺトラにはお昼過ぎに着いたので、チェックインが終わるとその日のうちに、ぺトラへ。ネット上の誰か曰く、ぺトラ、アンコールワット、マチュピチュが遺跡三強だとか。スタンドで言うと、多分キングクリムゾンとか、スタープラチナってとこでしょうか。行く前日にインディジョーンズも借りてばっちり予習した自分としては自然とテンションが上がります。(なかなかぺトラ遺跡が出てこなくて、3倍速再生で見たのは秘密です)
2日券26JDという某ネズミーランドクラスの入場料を払って中に入るとそこは、ビッグサンダーマウンテンばりの世界が広がっていました。あれは正確にはアメリカ西部なんでしょうけど、あんな感じです。赤茶けた岩と大地。少し歩くと早くもジョーンズワールド全開な切通しを歩き30分ほどで、有名な神殿エル・ハズネ。写真で見てるとなんだ写真とおんなじじゃんと思ってしまうことが多い今日この頃ですが、ぺトラは違いました。最強カーズくらいすごいです。とにかく迫力に圧倒されモアルボアルの次くらいに感動。神殿見た後もその辺をうろうろして5時間くらいで帰ってきました。

この日は4JDで宿のブッフェ。飯代が宿代より高いってのもおかしな話でしたが、野菜たっぷりのヨルダン料理でおいしかったです。後で知ったんですが、ぺトラではこれで安いほうの部類に入るようで。ぺトラの物価はほんと自分の大学周辺と変わらないくらいでした。

これが噂の。もちろん中に素敵な財宝とかはありません。
petra

第二部 中東潮流

アンマンには結局9時半に到着。そこからバスで中心部を目指します。ヨルダンのバス運転手もフィリピンと同じく己の限界に挑戦するタイプらしく、普通に120kmとか出してました。中心地に着いたら、タクシーに乗り換えて宿探し。アンマンにはクリフホテルという日本人には名高い安宿があり、そこにはサーメルさんという名物スタッフがいるとの情報を聞いてたので、へそ曲がりな自分はファラーホテルというもう一つの方に行くことに。しかし、あいにく満室とのことだったので結局クリフホテルに泊まることになりました。まあ、サーメルさんいなかったんですけど。(ヨルダンリバーホテルというところに移籍したらしいです)

翌日はそこのツアーで10ヨルダンディナール払って死海へ(1JD=160円)。欧米人3人と自分というアウェイ状態でしたが、人生常にアウェイの自分にとっては全然余裕です。まあ死海って浮いて終わりなとこなのでそもそも退屈でしたが。浮いてる最初の5分くらいは楽しいんですけど、すると粘膜的なとこ中心に痛くなってきます。基本的に15分くらい入ってシャワー浴びて休憩→また入るの繰り返し。死海ではシャワーあるとこだと7JDとられました。結構高い。超節約派はペットボトルに水を詰めて行き、シャワーの無い無料ビーチに行くそうです。結構大変そう。アンマンから片道1時間くらいのとこですが、なんだかんだで結構疲れました。皆さんも浮きたくなったらぜひ死海においで下さい。

この日の夕食は、宿にいた台湾人と日本人2人、それに自分ら2人の計5人で、近くの大衆食堂でヨルダン料理を。1JDくらいで満足の量。多分ホンモスというベジタリアン料理で、ヒヨコマメのペーストみたいなんをナンみたいなもんにつけて食べました。かぼちゃのコロッケ付き。何を言ってるのか分からないかと思いますが、自分でも何を食べたか分からないので勘弁してください。

大衆食堂の後は、バーみたいなとこでシーシャ(水タバコ)初体験しました。本物のタバコよりきつくなく香りもいいので結構いけます。といっても受動喫煙以外喫煙経験ありませんが。ラマダンでしかもフライデーナイト(イスラムは金曜日休みなので)ということもあり、お店もいい感じに盛り上がっててなんか楽しかったです。以外とイスラム社会に適合できそうで、これから先なんとかなりそう。

右が僕です。とりあえず、左のドイツ人のお姉さんは明らかに水着でなく下着でした。さすが欧米
deadsea

香港脱出!第一部アジア編完。

アンマン行きのロイヤルヨルダン航空が2日に1便しかなく、席が取れなかったので、本来なら香港発は9月6日のはずでした。でもまあ、香港で金持ち、グループには楽しい場所でしょうが、貧乏男一人旅にはあまり優しくないところなので、1日で嫌になり脱出を計画。そもそも香港-アンマンなんて満席になるはずがないし、席が空いてたら乗っけてもらえるはず。とロイヤルヨルダンのオフィスに行き、無事チケットをゲットできました。

フライトが夜9時半とかだったのに、1時に空港に着いてしまったのでものすごい暇でした。チェックインカウンターも当然開いてなく、くそ重い荷物を持って右往左往。電源ソケットがあれば、パソコンで色々できるんですが、お洒落な香港国際空港はそんなもんが見つかりませんでした。さすが、DHCばりに世界の空港に関する賞取ってるだけあります。

まあ、なんだかんだで6時くらいにチェックインし、無事出国完了。結局2日しか香港は滞在しなかったので、少し香港ドルが余ったのですが、本屋で村上春樹の「Blind Willow,Sleeping woman」という短編集を買ってみました。東京奇譚集に載ってる作品を中心に独自に編集したものらしくこれから暇な時にちょいちょい読んで行きたいです。

ぼちぼち、夜も更けいよいよ搭乗となったのですが、ここに来て機体トラブルで香港への到着が遅れてるとのこと。お詫びに空港で使えるクーポンをもらい儲けたと喜びつつ例のイスラエル人と夕食を食べました。どうせ、元々アンマン着は現地時間の午前5時。5、6時間遅れようが一向に構わないので。

が、しかし。機体トラブルはハンパないレベルだったようで、12時になっても目処は立たずホテルに泊まることに。この時点では馬鹿みたいにホテルに泊まれることを喜んでました。結局、香港出国後わずか、6時間で再入国という奇妙な手続きをして、空港のホテルへチェックインしました。多分今回の旅で最高グレードホテルなので、ダブルベッドの枕を2つ使いつかの間の休息を得ました。

翌朝6時、モーニングコールでたたき起こされロビーに集合。8時半の便でバンコクまで行き、そこからロイヤルヨルダンに乗り換えることに。もともとバンコク経由だったので、まあそんなもんかと思い、個人テレビの充実したキャセイパシフィックで悠々バンコクへ。(非常事態宣言中)ところが、バンコクに着くとまた、ミールクーポンを渡され、5時間のトランジットを宣言されました。おまけにコンピューターがバグったとかで、散々待たされた挙句手書きの航空券を渡されました。席の予約は出来ないので好きな席に座ってね。と言われながら。自由席の飛行機って…。案の定搭乗口で座席指定させられましたけど。到着時間も分からないけど、フライト時間は5時間って言われたのに、実際7時間かかったし…。スタッフは全員タイ国際航空の人だったのでしょうがないかも知れませんが、ちゃんと知らせておけよ、ロイヤルヨルダン。飛行機も古いエアバス310だしロイヤルに完全名前負けしてました。

まあ、そんなこんなで実は9月3日は誕生日だったり。誕生日を香港タイヨルダンで迎えかつ、誕生日が30時間でした。思い出に残る22歳の誕生日。

アメニティなんて単語久々に思い出しました。
hongkonghotel

香港の出来事

香港での出来事
さて、2日目の夜は無事当初予定していた、ホテルに泊まれたわけです。しかも、久々のドミトリー。色んな人と会えるのでシングルよりドミの方が好き。安いし。
まず、話したのはニュージーランド人。何でも香港で英語教師の職を探してる途中だとか。一通り当たり障りの無い会話をした後、ちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかと、なにやら神妙な表情。なんだろ、と見てみるとその手には、いかにもな日本人女性が水着でポーズを取っている雑誌が。しかもご丁寧にも青いテープを破いた痕跡も。間違いなくでらべっぴん、ザベスト的代物です。香港で買ったらしいのですが、なんでもすごい気に入ったのがあるからどうしても見てみたいとか。タイトルを見ると「青木りんはグラビアアイドル兼巨大乳房家畜」。どうみてもAVです。本当にありがとうございました。とりあえず、頼んだぜフレンドと言われましたが、どなたかお持ちの方は香港在住のパトリックに送ってあげてください。

次の朝に話したのモロッコ系ベルギー人。彼は敬虔なムスリムで今はラマダン。ガチで太陽の出ている間は水一滴飲まないそうです。礼拝用の絨毯と、メッカ方位磁針も完全装備。噂には聞いてましたが、本物のムスリムと話すのは初めてだったのでとても興味深かったです。彼の生まれ育ったモロッコは香港よりもっと暑いので、ラマダン中の旅行は問題ないとか。それにしても、ラマダンって弱ってるおじいちゃんおばあちゃんにとどめ刺すに十分なんじゃないでしょうか。
後、初めて知ったのはラマダン中は酸素吸入もしてはいけないということ。彼もダイビングをするそうですが、従ってナイトダイビングしかできないとか。富士山登山も厳しいかもしれないですね。酸素吸入なんて、ムハンマド時代には無かったろうに、お偉いイスラム法学者がお決めになったのでしょうか。
ついでに言うと、ジャンプの愛読者らしくなんとナルトのキラービーの八尾も知ってました。ネット上には日本の一日遅れでフランス語ジャンプが掲載されるとか、フランス人のオタクっぷりも半端ないですね。

最後に、空港であったのが、イスラエル人。アジア旅行中に、日本に3ヶ月滞在してたといい、微妙に日本語が話せる彼の好きなアニメは、スクールランブル、グレンラガン、鋼の錬金術師。前二つは名前ちゃんと見たこと無いです。(というか普通は名前すら知らないのかも…)かなりマニアック。ちなみにハガレンって英語ではFull metal alchemistっていうらしいですね。なんか無駄にカッコいい。辛いものが苦手でタイ日本韓国中国語でこれは「辛いですか」と聞けるグローバルな彼もとてもいい人でした。

あれ、香港は…
dragon fruit

香港

このblogの更新を待ち望んでいた、空飛ぶスパゲッティ・モンスター教信者より少ない皆さんおまたせしました。
やっと更新できるので一気に香港ヨルダン編を振り返ります。
ちなみにFSM教についてはこちらスパゲッティ
いよいよ香港へ。機内でフランス人のおっさんと話し、香港までの2時間があっという間。おっさんはフィリピンとフランスに家を持ってて、現地妻がいるとか。やっぱ、西洋人はすごいなー、あと、フランス訛りの英語ってかっこいいなと思いつつの到着でした。

さて、着いたのが10時40分。なんだかんだで、空港出ると、11時回ってます。今日の宿は重慶マンションという安宿街で、治安も心配なとこ。それなので、事前に予約をしときました。ナイス自分。メールで、飛行機が遅く着いて、宿には12時とかに着きそうなんだけど、大丈夫?と。返ってきた返事は「ok」のみ。多少不安になりつつもバス下車。重慶マンションは安宿が100近く集合した、巨大ビルディング。客引きが多いが、あまり信じて付いていくと、危ないと、ネットにかいてありました。

降りたとたんに数人に重慶マンション?部屋あるよーみたいな攻勢受けます。予約してるんでと、ホテル名を告げると連れてってやるとのこと。訝しがりながらも、付いてきます。でも、この辺にいるのがほとんどどうも怪しげな黒人、インド系、アラブ系で怪しさ満点。

建物の中に入ると、客引きに「今日お前の宿は満室だから、他のところを紹介する」と言われ、ああこれは詐欺だな騙されないぞと思い、「わかった。でも確かめに行きたいから、まずは予約したホテルに行かせてくれ(どうせ、行ったら普通に入れるし。こっちは事前にちゃんと確認してるんだ。騙して高い宿連れてくんだろ)」と、鮮やかに客引きをかわしホテルにチェックインしました。
のはずだったのですが、ホテルに行ってみると、ほんとに管理人がいない…。いくらノックしても音沙汰無し。え、あのokはなんだったの…。

途方にくれて近くにいた欧米人の泊まっているところに入れてもらうも、そこにも管理人がいない!徹夜を覚悟しましたが、1時半くらいに管理人が現れ結局事なきを得ました。予定では80ドルのドミトリーだったはずが、結局150ドルに。まあ、本来250のダブルルームを値切ったので、これでもがんばったのですが。

翌朝せっかくなので、12時のチェックアウトぎりぎりまで寝て、もう一度トラベラーズホステルを探すと別のところにありました。結局騙されてたのでした。今日は正しいところ泊まってます。それにしても、貧乏人が一人で香港にきてもやることないです。今日は香港の携帯屋巡りとかしてましたけど、明日することが無いっす。早くヨルダンに行きたい今日この頃です。香港はあんまり向いてないです。
これが噂の重慶マンション。結構高層ビル
chongking

近況報告

今、ヨルダンで元気です。
デジカメ壊れました。
まだ、アンマンです。
また書きます。
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